心のパンツを履いてウォッシュレットテロに立ち向かえ
ウォッシュレットの止まるボタンを押しても止まらなかった時、
— sabasimemasita (@sabasimemasita) 2018年9月27日
「いや、イヤイヤイヤ。」ってなるよね。
朝の起き掛けに、正に心が凍る一瞬。
ボタンの押し方がわるいのが殆どの原因なんだけど、もしそれが押し間違いじゃなかったら・・・想像もしたくない。
その時の絶望感は異常。
“洗浄”中なだけに
しょーもないダジャレで〆ててすいませんが、
今朝ウォッシュレットが一瞬反応しないことが起こって、ふと思いついたことがあります。
人は誰でも虚を突かれると動揺します。しかもそれが、最も無防備となる排泄行為の最中に訪れてしまったら尚更です。
想像してみてください。もしもウォッシュレットの水が止まらなくなったら・・・。
恐ろしいですよね。正に、虚を突かれた一瞬。
人は問題に直面した時に冷静さを保たなければいけないと分かっていますが、この場合はそれが難しい。その、難しくしている大きな要因が、
“チ〇コを出しっぱなしにしているから”
咄嗟に扉を開けて外へ出る事もためらわれるその状況が、さらに人を心理的に追い詰める。
パンツを脱いでいるということは、心のパンツも脱いでしまっている状態なのです。
しかし、冒頭で述べた「ふと気づいたこと」はこれではありません。
ウォッシュレットが止まらなかったのは、うまく「止」ボタンが押せていないからで、再度ボタンを押せば無事に止まってくれることが殆どで安堵するわけですが、
万が一、これがテロリストが仕組んだ罠なら首謀者は間違いなく頭のキレるヤツです。
起こってほしくないトラブルですからね。
超えちゃいけないラインなわけですから。
でも彼らはそのラインを軽々と踏み越えて、平気で傷をえぐりにくる類いの人種なのです。
実はね、これここに書こうかどうか迷ったんですよ。もしテロリストがこの記事を読んでしまったら「お、こんないい手段あるじゃねーか。」と気づく。
で、即採用です。
これを書いたことでテロリストの片棒を担ぐ行為に加担しちゃってるワケです。
阿鼻叫喚の地獄絵図が日本国内で続発することが容易に想像できてしまうんです。
でもね、あえて記事にさせてもらいました。
ここは逆転の発想で、
今ここでその事に気づけたことは不幸中の幸い、
もっと言えば、拭こう中の幸いでもある。
周知の事実として、ウォッシュレットは日本の現代社会にしっかり溶け込んでおり、その使い心地を知ってしまった人には必要不可欠なもの、
もっと言えば、必要拭くケツなものでもある。
つまりウォッシュレットという機能を手放すことはできない。
だからいつウォッシュレットテロが起こってもいいように、何か予測不能な事態が起こるかも、と決して気を抜かないこと=心のパンツを脱がないことが大切なのです。
しかし、ここで一つ注意すべきことがあります。
物理的なパンツと心のパンツを混同しないことです。
それをしてしまうと心のパンツを下げ、物理的なパンツを履いたまま用を足してしまうことが起こりかねず、想像するだけで恐ろしい事態が引き起こされるからです。
もうテロどころの話ではありません。
「そんなばかな。」
あなたは今そう思ったでしょう。たしかにそんなことは通常起こる事ではありません。しかしそこに大きな落とし穴があるのです・・・
水洗トイレであるはずなのに、です。
それが起きてしまう最大の要因は物理的なパンツと心のパンツを文字通り
“はき違えている”からです。
この事実に気づき、対処することができればもう何も怖くはありません。
「はき違えない」
そして、
「脱ぎ違えない」、
「拭こう中の幸い」
にして
「必要拭くケツ」なもの。
そのことを心に留め、ウォッシュレットテロに立ち向かいましょう。
要するに、僕がふと気づいたこと、とは
しょーもないダジャレでしたすいません。
おわりですすいません。